死 因 解 明 と 解 剖


                堤 寛  Yutaka Tsutsumi, M.D.(藤田保健衛生大学医学部第一病理学、教授)
                                               e-mail: tsutsumi@fujita-hu.ac.jp
 
 解剖には、@医系大学で献体による解剖実習として行われる系統解剖(解剖学担当:費用は大学負担)、A病院で病死した患者さんに対して、遺族の同意を得て行われる病理解剖(病理学担当:費用は病院負担)、B死因不明の異状死体に対して行われる法医解剖(法医学担当)の3種がある。

 法医解剖はさらに、a) 事件性がある場合に警察を介して強制的に行われる司法解剖(医系大学の法医学講座で解剖される:国費負担)、b) 監察医制度のある地域(東京都区部、大阪市、横浜市、名古屋市、神戸市)で監察医によって強制的に行われる行政解剖(地方自治体負担)、c) 監察医制度のない地域で行われている承諾解剖(費用は警察あるいは地方自治体負担)の3つに区分される。

 病院で死亡した場合、病理解剖と承諾解剖の区別は曖昧となり、多くは病理医による法医学的病理解剖に委ねられている。ただし、日本の病理剖検率は2%と、先進諸国と比較して著しく低い数字であり、十分に機能してはいない。

 検死制度は国の安全に必須のしくみだが、先進諸国の中で日本が最も貧弱である。米国では、不審死体を検死・解剖する監察医は病理出身である。法医学は病理学のアドバンスコースに位置づけられる。一方、日本では、病理医、法医医師はともに決定的に不足している(病理専門医数は1,900人、全国80医学部の法医医師数は120名程度)。

 東京都監察医務院では、東京都23区を対象に、10名の医師によって毎年1万件以上の検死と約2,500の行政解剖が行われている(病死が7割:費用は都が年間約10億円を負担)。大阪市と神戸市でも監察医制度はそれなりに機能しているが、横浜市と名古屋市では名ばかりの制度に形骸化している。

 日本では年間約14万人が不審死を遂げ、そのうち専門の検視官(特別にトレーニングを受けたベテラン検察官)が検視しているのは1割強に過ぎない。多くは、慣れない警察官が検視し、地元の開業医が検死しているのが現状である。不確実な検案で病死と判断された異状死体は司法解剖、行政解剖、承諾解剖に廻されない。

 先日問題視された時津風部屋事件のような、臨床医や警察官に見抜けない事件が埋もれている可能性が少なくない。事実、東京都監察医務院で行われる解剖(専門の監察医が現場で事件性なしと判断された症例)の1,000例に1例ほど(年間2〜3件)が大学での司法解剖に廻されている。

 平成16年、警察庁が発表した異状死体総数は136,092人で、司法解剖は4,969体である。明らかに犯罪による判断された死体は1,528体、犯罪が疑われる死体は12,448体だった。

 検死制度の充実に関する法律の整備は必須だが、それは行政解剖や承諾解剖を含む検死制度の意義を国民やマスコミがどの程度重視するかに依存する。本来、検死事業は地方自治体に責任を転嫁すべきでなく、国家予算で全国に普及させるのが筋である。

 死体解剖保存法は公衆衛生の向上を図り、医学研究・教育に資することが目的でおり、死因調査の結果を社会へ還元し、再発予防に資す視点が希薄である。その名の通り、司法解剖は検察・警察に依存する。行政解剖、承諾解剖は警察が関与するものの、主に自治体の医務関係と結びついており、司法との連携は薄い。監察医制度のない地域での承諾問題と財政援助問題も解決されねばならない。欧米では、日本で決定的に不足している移植臓器を解決するため、社会的コンセンサスのチェック機関として検死制度を捉えられている。

 現在、厚生労働省によって診療関連死に関する解剖施設の設置が法制化されようとしている。一方、民主党を中心に、診療関連死以外の不審死を解剖する法医解剖センター構想が提案されている。私としては、この解剖の分断化は歴史の一コマとしては容認せざるを得ないかも知れないが、永続的なシステムではないと信じる。両者を統合した形の検死制度を全国に普及させ、その中の一部が診療関連死であるとよい。そもそも人材が不足しているし、予算の無駄となるリスクが高く、診療関連死か否かは解剖前にわからない(だからこそ解剖する)のが理由である。解剖が必要かどうか、屍体に対する画像撮影(オートプシーイメージング)の積極活用も視野に入れるべきである。

 たとえ、法整備が整い、専用の建物が完成しても、そこで働く医師を養成するには長い時間が必要である。したがって、日本の社会の安全を確保するための人材育成がもう一つの柱として重要となる。全国に監察医制度を拡大する場合、法医医師が約1,000人(現在の8倍に相当する数字)必要と試算される。多くの医学生・研修医が法医医師を目指すよう誘導する必要がある。

 医師は生きた患者を救うのみならず、死亡者の死因を究明する役割も重要である点を再認識できるような社会環境をつくりたい。不審死の多くが病死のため、米国式に、病理解剖学的な素養を身につけた法医医師が望ましい。日本病理学会と日本法医学会の連係プレイが切望される。

 解決のための具体策として、卒後臨床研修2年の中に法医ローテイションを必修化し、死因究明の重要性を認識できるようなプログラムを組む。可能なら、法医をめざす人材に何らかの経済的特典を与える。現状のままでは、いつまでたっても法医を志す医師数が増える見込みがたたない。

 全国規模で監察医制度を導入するなら、それは国家政策である。解剖医が何人必要か、10年、20年後をめざした明確なビジョンが求められる。