痔瘻ではなく悪性リンパ腫だった事案についての調査報告

患者は、術前に痔瘻根治術を行うとの説明を受け、術後にも痔瘻根治術を行った
との説明を受けましたが、実際には痔瘻根治術は行われず、悪性リンパ腫であっ
た事案について、オンブズマン会議は第三者としての公平な立場で調査を行い、
平成23年3月19日、調査報告書をまとめました。


申立人 A 様

相手方  御中 

患者の権利オンブズマン東京・第4号案件

                            調 査 報 告 書

≪目次≫

調査報告の概要

1.苦情1(術前の説明が不適切、不充分なこと)について

2.苦情2(@術後に痔瘻根治術を行ったと事実と異なる説明をされたこと、A他の病変の疑いが

あることを説明されなかったこと)について
3.苦情3(病理診断のオーダーが最初の手術の時点から約4か月後だったこと)について

4.苦情4(院長らと前向きな話合いの場をもてなかったこと)について              

調査報告

1 オンブズマン会議が認定した事実

2 オンブズマン会議への申立と申立後の経過

1)申立人の苦情

2)申立後の経過

3.申立人の苦情に対するオンブズマン会議の判断

1.苦情1について

1)【前提】インフォームド・コンセント

2)カルテから認められる事実

3)相手方の申立人への回答

4)検討

2.苦情2について

1)【前提】治療経過についての説明義務

2)カルテから認定できる事実

3)相手方の申立人への回答

4)検討

3.苦情3について

1)【前提】患者の健康の必要度に応じた保健医療を受ける権利

2)カルテから認定できる事実

3)相手方の申立人への回答

4)検討 

4.苦情4について

1)【前提】患者の苦情を申し立てる権利

2)回答書面から認定できる事実

3)検討


調査報告の概要

1.苦情1(術前の説明が不適切、不充分なこと)について

1)申立人は、平成191111日、B医師から「臀部脂肪織炎、(痔瘻)、内外痔核」の病名で、痔瘻の手術(SETON法)を行う」と説明された。その時点では、十分な検査が行われていなく、痔瘻とは診断できていなかったから、不適切な説明であった。

2)また、平成191112日、C医師により肛門超音波検査が実施され、明らかな痔瘻の所見はなく、超音波検査上、肛門との交通が認められないため、膿皮症と診断されていたが、平成191113日、申立人に対し、病名が、痔瘻から膿皮症に変更となったこと、痔瘻根治術(切開法・SETON法)が不要になったことについての説明はなかった。これは説明不足である。

3)これら術前の不適切な説明、説明不足は、説明義務違反と評価できる。

2.苦情2(@術後に痔瘻根治術を行ったと事実と異なる説明をされたこと、A他の病変の疑いがあることは説明されなかったこと)について

1)平成191113日の手術後に、上記痔瘻の手術を行わなかったにもかかわらず、相手方病院の院長であるD医師は、申立人に、痔瘻根治術(切開法・SETON法)の手術を行ったと説明した。これは不適切な説明である。

2)また、他の病変の疑いがあったにもかかわらず、他の病変の疑いがあるとは説明しなかった。これは説明不足である。

3)これら術後の不適切な説明、説明不足は、説明義務違反と評価できる。

3.苦情3(病理診断のオーダーが最初の手術の時点から約4か月後だったこと)について

1)申立人の肛門周囲の病変から手術時の採取組織についての確定診断のための病理診断のオーダーがなされたのが最初の手術が実施されてから約4ヶ月後の平成2038日であった。

2)最初の手術の手術記録に申立人の肛門周囲の病変部につき「細菌ない」と記載されており、排膿が確認されていないこと等を考えると、最初の手術が実施された平成191113日の時点で申立人の肛門周囲の病変につき痔瘻、膿瘍ではない他の疾病であった可能性を疑うことはできたのであり、申立人の肛門周囲の病変部がしこりがあるなど臨床的に典型的な痔瘻や膿皮症でないと感じられたのであれば、病変部(異常部)から生検することが望ましかったといえる。その意味で相手方は本件を今後の診療に活かしていただきたいと考える。

3)もっとも、本件は稀な症例であることも事実であり、平成191113日の時点で、相手方病院に求められる「診療当時の臨床医学の実践における医療水準」として悪性リンパ腫などの腫瘍であることを疑わなかったことが不合理だったとまでは言えず、したがって、病理診断を実施しなかったことが不合理だったとまでは言えない。

4.苦情4(院長らと前向きな話合いの場をもてなかったこと)について

1)申立人が診断、治療についての疑問点を相手方に対して問い合わせたとき、相手方は、申立人の疑問に対し、術前、術後の説明が不適切、不充分なものであった事実を認め、そのような事態がなぜ生じたのかを調査検討することにより、医療の質の向上、説明不足の解消を図ることができた筈である。

2)ところが、相手方は、申立人の疑問に十分に答えず、申立人が、相手方の示談案の提案を促され損害賠償請求を行ったところ、代理人弁護士が介入し、訴訟以外解決方法はない、とされ、院長らと前向きな話合いの場をもてなかったという経緯が認められる。

3)この経緯からは、申立人の苦情の申立てに対する相手方の対応は、患者の苦情申立権を侵害したものと評価できる。

調査報告

1 オンブズマン会議が認定した事実

相手方が患者の権利オンブズマン東京の聴取の申入れを拒絶したため、申立人の診療記録と申立人からの聴取により、以下の事実を認定した。

1.申立人は平成191019日ころから肛門の左横に痛みを感じるようになり、平成191026日、乙医院を受診した。乙医院のE医師は申立人を肛門周囲炎と診断し、痔瘻の疑いがあったため、申立人を相手方病院に紹介した。

2.平成191027日、申立人は、E医師の紹介に従って、相手方病院を初めて受診した。肛門科のF医師は申立人を診察し、抗生剤、軟膏を処方して、保存的に加療することとした。

3.平成19115日、申立人は、相手方病院を再度、受診した。申立人の肛門痛の症状は改善しており、診察にあたった肛門科のF医師は、患部の硬さは無くなったが、肛門周囲の軟部組織に炎症があったのではないかと疑って、軟膏を処方するとともに痔瘻チェックのため、肛門超音波検査をするように指示した。

4.平成19119日、申立人は、その34日前から患部が腫れて痛くなってきたことから、相手方病院を受診した。診断にあたった肛門科のG医師は患部の硬結を認め、患部を切開したが膿が出なかったため、殿部脂肪織炎と診断した。この診断には相手方病院の院長であるD医師も立ち会っており、D医師の指示で早めの手術との方針が立てられ、G医師から、申立人に対して早めに硬化した部分は切除する必要があるとの説明がなされた。

5.平成191110日、申立人は相手方病院を受診し、肛門科のH医師により、患部の硬結はあるが、痛みは減少していると診断された。

6.平成191111日、申立人は相手方病院に手術目的で入院した。

  B医師が、I氏の立ち会いの下に申立人に対し、以下の説明を行った。

   病名が、「臀部脂肪織炎、(痔瘻)、内外痔核」であること

   手術日が、平成191113日であること

   麻酔方法が、腰椎麻酔であること

   予定手術が、痔瘻根治術(切開法・SETON法)であること

   早期合併症として創部の痛み、麻酔による副作用があること

   晩期合併症として出血、細菌感染があること

   そして、申立人は、このB医師の説明を受け、その説明内容を納得したとする手術の同意書に署名捺印した。

7.平成191112日、C医師により申立人に対し、肛門超音波検査が実施され、明らかな痔瘻の所見はなく、超音波検査上、肛門との交通が認められないため、膿皮症と診断された。

8.平成191113日、申立人に対して、D医師の執刀により、手術が実施された(以下「本件手術1」という)。本件手術1の内容は、以下のとおりである。

   術者医師 D 助手看護師 J 麻酔医 D

   入室時間 1505 麻酔時間 1506 執刀時間 1510 終刀時間 1542

   傷病記録 坐骨直腸窩肛門周囲膿瘍

   術前の患者の状態 坐骨直腸窩膿瘍腔

   術式 膿瘍皮膚切除、切開、ドレナージ

   術後の患者の状態 現在はリンパ滲出液のみ細菌ない

9.本件手術1終了後、D医師から申立人に対して、本件手術1の内容が、痔瘻根治術(切開法・SETON法)であり、申立人の肛門の左側を切開してから縫合したとの説明がなされた。

10.本件手術1が実施された翌日である平成191114日から申立人は38度以上の発熱があり、創部の発赤、腫脹が認められた。創部の発赤、腫脹も抜糸と消毒、洗浄によって改善した。しかし、平成191119日に創培養の結果からMRSA感染が判明して、以後、個室での治療になり、本件手術1実施から20日後の平成191123日、申立人は相手方病院を退院した。

11.申立人は、退院後も経過観察のために相手方病院に通院し、平成19121日には、K医師、平成19128日にはC医師、平成191215日にはL医師、平成191229日にはH医師の診察を受けた。この間、申立人は肛門周囲に痛み、出血などの異常を感じていなかった。

12.平成20年になってから申立人は肛門の周囲左側にミミズ腫れのようなものができたことを感じるようになった。平成2015日に相手方病院に通院した際に申立人がこのことを訴えると診察にあたったL医師は、本件手術1の創部が不良肉芽になったため、これにつき局部麻酔下におけるデブリードマンをすべきであると診断した。

13.申立人は、相手方病院への通院を続け、平成2016日にはM医師の診察、平成20112日にはN医師の診察を受けた。平成20112日の時点では申立人の肛門周囲の左側のミミズ腫れは当初より3センチほど肛門に向かって広がっており、N医師は、麻酔下におけるデブリードマン、ドレナージが必要ではないかと診断した。

14.平成20119日に申立人を診察したO医師は、申立人の肛門の周囲左側にミミズ腫れのようなものを難治感染性不良肉芽と診断し、入院のうえ23日でデブリードマンをするという治療計画をたてた。

15.平成20126日、申立人はD医師から肛門周囲の左側に不良肉芽があるとの診断を受け、37日に治療のため入院する予定となった。

16.平成2029日、申立人はO医師の診察を受け、患部につき不良肉芽が大きくなって、分泌物が多めになっており、術創感染症と診断された。

17.平成2037日、申立人は難治感染性不良肉芽との病名で相手方病院に入院した。翌日の平成2038日に申立人に対し、P医師の執刀により手術が実施された(以下「本件手術2」という)。本件手術2の内容は以下のとおりである。

    術者医師 P 助手看護師 Q 麻酔医 P

   入室時間 1543 麻酔時間 1543 執刀時間 1548 終刀時間 1609

   傷病記録 膿皮症

   術前の患者の状態 (患部につき)肛門内との連続性はない

   術式 curettage(掻爬術)

本件手術2においてP医師は、申立人に肋膜炎の既往があったことからcold abscess(冷膿瘍)Tbc(結核)の可能性を考慮し、切除した肛門の周囲組織についての病理診断をオーダーした。

18.本件手術2の翌日の平成2039日に申立人は相手方病院を退院した。

19.退院後の平成20312日に申立人はR医師の診察を受けた。

20.平成20315日に申立人はH医師の診察を受けた。

21.平成20317日頃から申立人は腹痛を感じるようになり、平成20322日にR医師の診察を受けたときにこの腹痛について訴えたところ、ロキソニン、ムコスタが処方された。

22.その後も申立人の腹痛は続き、平成20329日にC医師は申立人を慢性胃炎、胃潰瘍と診断し、ガスターDなどが処方された。

23.平成20329日に本件手術2で切除された患部についての病理診断の結果、びまん性大細胞型リンパ腫が第1に考えられるとの診断がS医師によってなされ、この病理診断の結果は平成2041日に相手方病院に報告された。

24.平成2045日にT医師から申立人に対して病理診断の結果、悪性リンパ腫の可能性が高いこと、全身を検査したうえで他院を紹介することになると思いますとの説明があった(なお、この後も申立人は平成2048日、平成20412日に相手方病院に通院した)。

25.申立人は、平成2049日からD医師の紹介で、丙病院に通院するようになった。

  平成20516日に丙病院のU医師は、申立人につき非ホジキンリンパ種で病変は肛門周囲の他、左頸部や腹腔内リンパ節に及んでおり、平成20417日から化学療法を開始しているが、平成20516日から約6ヶ月間外来での通院化学療法が必要な状況であると診断した。

26.申立人は丙病院で平成209月まで化学療法(8回の抗がん剤の投与)を受け、平成2011月にPET検査の結果、がん細胞が消滅したとの説明を受けた。

27.申立人は、相手方病院において、本件手術1の前に肛門周囲の病変につき痔瘻であり痔瘻の手術(切開法・SETON法)を実施するとの説明を受け、本件手術1の後も痔瘻根治術(切開法・SETON法)を実施したとの説明を受けていたのに、実際は肛門周囲の病変は悪性リンパ腫であったことに驚き、相手方病院における診断、治療につき疑問を抱くに至ったため、執刀医に直接面談のうえ疑問点につき意見交換をすることを相手方に申し入れた。

28.しかし、相手方はこの申入れを拒絶し、書面による質疑応答を希望したため、申立人と相手方は書面による質疑応答を行うことになった。

29.申立人から平成211030日付の第1回の質問の書面が相手方に送付され、これに対する相手方の回答が平成211127日付の書面でなされた。

  その後、以下のとおり、申立人・相手方間で書面のやり取りがなされた。

   申立人の平成21124日付の書面による質問

      相手方のこれに対する平成211230日付書面による回答

      申立人の平成22112日付の書面による質問

      相手方のこれに対する平成22213日付書面による回答

      申立人の平成22219日付の書面による質問

      相手方のこれに対する平成2134日付書面による回答

30.この相手方の平成2134日付書面において相手方は「A様のご質問に対しては、必要と思われる事項について、一定の回答はしていると考えています。このまま質問と回答を繰り返しても、見解の異なるところが多くあり、A様に疑問が解消されることは実際のところ困難と思われます。そこで、当初からA様は示談という言葉を使われておりますが、解決について希望があればお聞かせください。」と説明をすることを止め、申立人の示談案の提案を促した。

31.これを受けて、申立人は平成22310日付の書面で、相手方病院に対し、本件手術1を実施した相手方病院の院長であるD医師・V事務局長との面談の上、問題解決に向けたディスカッションを提案し、損害賠償請求を行った。

32.これに対して相手方病院からは、平成22318日付の書面で「第三者である丁県医師会に責任の有無を判断してもらうように依頼をいたします。(中略)面談につきましては、医師会からの通知後、必要に応じてさせていただきます。」との回答があった。

33.そして、平成22617日付の書面で、相手方病院の代理人である弁護士から、申立人に「病院にミスがあると主張されるのであれば、今後は訴訟の中で主張していただく以外、現時点での解決方法はないと考えています」との連絡がなされた。

34.この連絡がなされた以後、申立人と相手方においてコミュニケーションはとられなくなった。

2 オンブズマン会議への申立と申立後の経過

1)申立人の苦情

申立人の苦情は、以下の4点である。

1.苦情1 術前の説明が不適切、不充分なこと

2.苦情2 @術後に痔瘻根治術を行ったと事実と異なる説明をされたこと、A他の病変の疑いがあることは説明されなかったこと

3.苦情3 病理診断のオーダーが本件手術1の時点から約4か月後であったこと

4.苦情4 院長らと前向きな話合いの場をもてなかったこと

2)申立後の経過

1.平成2294日、オンブズマン会議を開催し、申立人の苦情申立てにつき調査開始を決定した。

2.平成2297日、調査開始を決定した旨の書面を申立人に送った。平成22927日、調査開始を決定した旨の書面を申立人と相手方に送り、事情聴取を求めた。

3.平成22104日、電話で、相手方のV事務局長にオンブズマンの苦情調査の意義を口頭で説明し、事情聴取に応じるよう申し入れたところ、すでに書面で回答を送っている、とのことであった。

相手方より、平成22104日付書面で「現時点では、当院といたしましては、A氏及び代理人の方と直接、面談する意思はございません。貴職からの申し入れに関しては、下記の弁護士にお問い合わせください。」との書面が平成22106日届いた。再度、電話で、相手方のV事務局長にオンブズマンの苦情調査の意義を説明し、A氏の代理人ではなく中立的立場で調査し判断するものであることを述べ、事情聴取に応じるよう申し入れたが、代理人弁護士にまかせてあるとのことであった。

4.平成22108日、申立人より事情聴取

5.平成221011日、オンブズマン会議の谷直樹は,相手方代理人弁護士に次の内容の書面を送った。

「まず,患者の権利オンブズマン東京は、A氏の代理人ではありません。第三者(裁判外紛争解決機関)として、調査を行っています。第三者が国際的な患者の権利にあてはめて,判断を示すことで、当事者間の話し合いが復活し,紛争が解決されることを期待し、また他の医療機関における同種事案の防止に役立てていただく趣旨で、無償のボランティアとして行っています。

次に、A氏の真意は、損害賠償請求にあるのではありません。

A氏は、丁県の「医療安全相談センター」に電話したところ、「示談」を勧められましたので、「示談」という言葉を用いましたが、金銭賠償を求める趣旨ではなく,院長らから疑問点について説明を受けたいというところに眼目がありました。甲の事務長から、具体的に解決についての希望があればだしてほしい、と言われ,A氏が損害額を算定し請求したところ、弁護士対応とされた、とのことです。

患者の権利オンブズマン東京・オンブズマン会議のメンバー3名が、108日、A氏と面談し、A氏の意思は損害賠償請求にあるのではないことを改めて確認しました。」

「患者の権利オンブズマン東京は、A氏のこの4点の苦情について、調査し、両当事者に調査報告書を提出いたします。改善が必要な場合には調査勧告書を両当事者に提出いたします。調査報告書、調査勧告書に基づき、当事者間の話し合いが復活し、紛争が解決されることを期待しています。また、調査報告書、調査勧告書は、当事者が特定されないよう配慮し、公開します。解決規範を公開することで、他の医療機関における同種事案の防止に役立ててもらう趣旨で公開しています。

1998年から2006年の分については、「患者の権利オンブズマン勧告集」(明石書店,2007年)にまとめられています。同書は、病院に1冊お送りしていますので、参照してください。

なお、医療機関が聴き取りに応じないケースは過去に1件だけありましたが、それ以外は医療機関からの聴き取りが行われています。医療機関が聴き取りに応じなかったケースについても、調査勧告書をまとめています。実際、調査結果に基づき紛争解決につながり,患者と医療機関の双方から感謝の文書をいただいております。

聴き取りの場に、W先生もしくは貴事務所の先生が立ち会われることは差し支えありません。昨年の調査では、顧問弁護士2名が立ち会った例があります。

以上の諸点を御勘案いただき、B医師とD医師からご事情を伺う機会を設けていただきたく、御願い申し上げます。」

6.平成22118日、17日、相手方の代理人弁護士にオンブズマンの苦情調査の意義を説明し、事情聴取に応じるよう回答を催促した。平成221118日、オンブズマン会議の谷直樹が、たまたま相手方の代理人弁護士に会ったとき、時間がかかって申し訳ない、と言われた。

7.平成221125日付書面で、相手方の代理人弁護士より「病院としては、A殿に対する医療行為については、病院からあるいは、当職からもA殿からの質問に対して何度か回答をしています。また、A殿は損害賠償の請求をすることが目的であると病院は考えております。以上より、今回の申し出には応じることはできません。」との連絡が平成221127日に届いた。同日、これに対し、事情聴取に応じなければ相手方の言い分を聞かないで調査書を作成することになるがそれでよいかとの確認の書面を送った。

8.平成2317日、相手方の代理人弁護士より事情聴取に応じないとの電話連絡があった。

9.平成23214日、オンブズマン会議開催

10.平成2331日、オンブズマン会議開催

11.平成2325日〜37日、電子メールによる意見交換、調査報告書のとりまとめ

3.申立人の苦情に対するオンブズマン会議の判断

1.苦情1について

1)【前提】インフォームド・コンセント

ア.インフォームド・コンセントとは、患者が医療行為を受けるにあたっては、医師より当該医療行為を受けるか否かの判断をするために適切かつ十分な説明を受けたうえで、患者が、医師と当該医療行為を受けることの合意をなすべきことをいう。

イ.このインフォームド・コンセントは、自己の人格的生存に必要不可欠な事項については自らが決定権を有するという患者の自己決定権に基づくものである。

ウ.このインフォームド・コンセントのための医師の説明義務の具体的な内容については「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、疾患(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明する義務がある。」(最判平成131127:判時176956頁)とされている。

2)カルテから認められる事実

ア.平成191111日、申立人は相手方病院に手術目的で入院した。

  B医師が、I氏の立ち会いの下に申立人に対し以下のことを説明した。

   病名が、「臀部脂肪織炎、(痔瘻)、内外痔核」であること

   手術日が、平成191113日であること

   麻酔方法が、腰椎麻酔であること

   予定手術が、痔瘻根治術(切開法・SETON法)であること

   早期合併症として創部の痛み、麻酔による副作用があること

   晩期合併症として出血、細菌感染があること

イ.平成191112日、C医師により申立人に対し、肛門超音波検査が実施され、明らかな痔瘻の所見はなく、超音波検査上、肛門との交通が認められないため、膿皮症と診断された。

ウ.病名が痔瘻から膿皮症に変更となったこと、痔瘻根治術(切開法・SETON法)が不要になったことについての説明はなかった。

3)相手方の申立人への回答

相手方は、平成211231日、申立人の疑問に、「平成191027日F医師記載のカルテ本文に、裂肛・内痔核の病名が英文で記入されています」と回答した。

相手方は、平成22213日、申立人の疑問に、「結果的には、1113日の手術は不要であった可能性がありますが、当時、膿皮症と診断した状況では、手術を行うのは妥当と考えます。」と回答した。

相手方の回答は申立人の疑問に直接答えるものではないが、病名が痔瘻から膿皮症に変更となったこと、痔瘻根治術(切開法・SETON法)が不要になったことについて説明していない事実は、認めているものと考えられる。


4)検討

痔瘻と膿皮症は合併することが多いが、別な疾患である。それゆえ、B医師は申立人に対し、病名が痔瘻から膿皮症に変更となったこと、痔瘻根治術(切開法・SETON法)が不要になったこと,膿皮症の治療のための外科的切除について説明すべきだったのであり、B医師が申立人に行った説明は本件手術1のインフォームド・コンセントのための説明として不適切、不十分であった。

平成191027日から平成20412日まで相手方病院における申立人の診療(その内容は入院2回〔平成191111日から平成191123日:平成2037日から平成2039日〕通院21回)においては、主治医という制度がとられているとは考えられず、実に13人の医師が申立人の診療にあたっている。

そして、これらの医師相互間において申立人の診療情報が適切に共有されていないために平成19115日にF医師が痔瘻チェックのため肛門超音波検査の実施を指示したのに、それが実施されないまま平成191111日にB医師により、本件手術1についてのインフォームド・コンセントのための説明として、申立人による説明時の病名は「臀部脂肪織炎、(痔瘻)、内外痔核」で、実施予定の手術の内容として痔瘻根治術(切開法・SETON法)が示されており、さらにその後の平成191112日にC医師により肛門超音波検査が実施され、明らかな痔瘻の所見はないとの診断がなされている。

このように複数の医師が患者の診療にあたり、しかもその医師相互間で患者の診療情報の共有がなされていなかったことから、説明不足となったものと考えられるが、このような事情は、合理的な理由とは認められない。

2.苦情2について

1)【前提】治療経過についての説明義務

ア.世界保健機関(WHO)ヨーロッパ会議「ヨーロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言」(1994年)は、「2.2患者は、容体に関する医学的事実を含めた自己の健康状態、提案されている医療行為及びそれぞれの行為に伴いうる危険と利点、無治療の効果を含め提案されている行為に代わり得る方法、並びに診断、予後、治療の経過について、完全な情報を提供される権利を有する。」として、患者が治療経過について説明を受ける権利があるとしている。これは患者が治療経過を理解していなければ、今後どのような医療行為を実施すべきであるかにつき自己決定できないことから当然のことである。

イ.そして、法律上も患者、医師間の診療契約という準委任契約に基づき、医師は患者に対して治療経過を報告する義務を負っている(民法656条、645条)。

2)カルテから認定できる事実

ア.平成19119日には患部を切開しても膿が出なかったため、G医師は申立人につき臀部脂肪織炎と診断しており、平成191112日にC医師により申立人に実施された肛門超音波検査でも肛門との交通は認められず、痔瘻の所見は認められなかった。

イ.このような術前の申立人についての検査、診断の結果に加えて、本件手術1の術中に患部を切開しても細菌はなかったことからすると、本件手術1が実施された平成191113日の時点で、申立人の肛門周囲の病変は、痔瘻とは認められず、また痔瘻の前段階である肛門周囲膿瘍とも考え難い状態であった。

ウ.手術記録の傷病記録は坐骨直腸窩肛門周囲膿瘍とされ、平成191113日、本件手術1の終了後にD医師は申立人に対して、本件手術1の内容を痔瘻根治術(切開法・SETON法)と説明しており、痔瘻、膿瘍ではない他の病変である可能性があることを説明していない。

3)相手方の申立人への回答

相手方は、平成211231日、申立人の疑問に、「膿皮症に対する術式名には確立したものがありません。『痔瘻根治術』とすることがよくあります。」と回答した。

相手方は、平成22213日、申立人の疑問に、「いわゆるシートン法による痔瘻根治術は行っていませんが、痔瘻根治術と類似する手術を行っています」と回答した。

4)検討

膿皮症に対する手術を痔瘻根治術と説明するのは、正しくなく、誤解を招くものである。平成191113日、本件手術1の終了後にD医師が申立人に対して施行した本件手術1の内容についての説明は、治療経過についての説明として不適切である。

 

3.苦情3について

1)【前提】患者の健康の必要性に応じた保健医療を受ける権利

ア.世界保健機関(WHO)ヨーロッパ会議「ヨーロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言」(1994年)は「5.1すべて人は、自己の健康の必要性に応じた保健医療を受ける権利を有する。」としている。

イ.そして、法律上も患者の健康の必要性に応じた保健医療を受ける権利に応じて、医師は「診療当時の臨床医学の実践における医療水準」に則した医療行為を実施すべき義務を負っている(最判昭和57330:判時103966頁)。

2)カルテから認定できる事実

ア.平成19119日にG医師が診察時に申立人の肛門周囲の病変を切開しても膿が出なかった。また、平成191112日にC医師により申立人に実施された肛門超音波検査でも肛門周囲の病変と肛門との交通は認められず、痔瘻の所見は認められなかった。

イ.そして、さらに本件手術1の術中にD医師が申立人の肛門周囲の病変を切開しても細菌はなかった。

ウ.相手方は本件手術2が実施された平成2038日になって病理診断をオーダーした。

3)相手方の申立人への回答

相手方は、平成211127日、申立人の疑問に、「本症例は稀な事例であり、現在の医学水準では当院における治療及び診断過程に問題はなく、全体的には妥当な診療であったと考えています。」と回答した。

相手方は、平成211230日、申立人の疑問に、「肛門部脂肪組織には、リンパ節がなく、症状の初発の段階でリンパ腫を疑うことは困難です。」と回答した。

4)検討

本件手術1の手術記録に申立人の肛門周囲の病変部につき「細菌ない」と記載されており、排膿が確認されていないこと等を考えると、本件手術1が実施された平成191113日の時点で申立人の肛門周囲の病変につき痔瘻、膿瘍ではない他の疾病であった可能性を疑うことはできたのであり、申立人の肛門周囲の病変部がしこりがあるなど臨床的に典型的な痔瘻や膿皮症でないと感じられたのであれば、病変部(異常部)から生検することが望ましかったといえる。その意味で相手方は本件を今後の診療に活かしていただきたいと考える。

もっとも、本件は稀な症例であることも事実であり、平成191113日の時点で、相手方病院に求められる「診療当時の臨床医学の実践における医療水準」として悪性リンパ腫などの腫瘍であることを疑わなかったことが不合理だったとまでは言えず、したがって、病理診断を実施しなかったことが不合理だったとまでは言えない。

4.苦情4について

1)【前提】患者の苦情を申し立てる権利

ア.世界保健機関(WHO)ヨーロッパ会議「ヨーロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言」(1994年)は「6.5患者は、この文書に明らかにされている権利の行使を可能にするような情報や助言にアクセスできなければならない。患者が自己の権利が尊重されていないと感じる場合には、苦情申立ができなければならない。裁判所の救済手続に加えて、苦情を申し立て、仲裁し、裁定する手続を可能にするような、その施設内での、あるいはそれ以外のレベルでの独立した機構が形成されるべきである。これらの機構は、患者がいつでも苦情申立手続に関する情報を利用でき、また独立した役職の者がいて患者がどういう方法を採るのが最も適切か相談できるようなものであることが望ましい。これらの機構は更に、必要な場合には、患者を援助し代理することが可能となるようなものにすべきである。患者は、自分の苦情について、徹底的に、公正に、効果的に、そして迅速に調査され、処理され、その結果について情報を提供される権利を有する。」としている。

 イ.このような患者の苦情を申し立てる権利は、患者の権利が尊重されない場合にその救済を受けられなければ患者の権利がその実効性を失うことから認められるものである。

2)回答書面から認定できる事実

ア.申立人は、相手方病院において、本件手術1の前に肛門周囲の病変につき痔瘻であり痔瘻の手術(SETON法)を実施するとの説明を受け、本件手術1の後も痔瘻根治術(切開法・SETON法)を実施したとの説明を受けていたのに、実際は肛門周囲の病変は悪性リンパ種であったことに驚き、相手方病院における診断、治療につき疑問を有するに至ったため、執刀医に直接面談のうえ疑問点につき意見交換をすることを相手方に申し入れるかたちで相手方に苦情を申し立てた。

イ.しかし、相手方はこの申入れを拒絶し、書面による質疑応答を希望したため、申立人と相手方は書面による質疑応答を行うことになり、執刀医に直接面談したうえでの話合いはできなかった。

ウ.申立人と相手方は、4回にわたり書面による質疑応答を実施したが、相手方は平成2134日付書面で、質疑応答を繰り返しても相互理解が困難であるとの理由で、申立人の本質的な疑問である「なぜ痔瘻ではなく悪性リンパ腫だったのに、これを看過し実際には痔瘻の手術を実施したとの説明がなされたのか」に答えないまま、説明をすることを止め、申立人に示談案の提案を促した。

エ.申立人は相手方に送付した書面において「示談」という語を用いていたが(これは申立人が本件について丁県医療安全相談センターに相談した際のアドバイスに誘引されたものと推測される)、実際は、診断、治療に関する疑問点について説明を求めていただけであって、それまで相手方に損害賠償請求は全くしていなかった。

オ.それが、相手方に示談案の提案を促されたことから、申立人は平成22310日付の書面で相手方に本件手術1を実施した相手方病院の院長であるD医師・V事務局長との面談の上、問題解決に向けたディスカッションを提案し、損害賠償請求をした。

カ.これに対して、相手方は平成22318日付の書面で「第三者である丁県医師会に責任の有無を判断してもらうように依頼をいたします。(中略)面談につきましては、医師会からの通知後、必要に応じてさせていただきます。」との回答をし、その後、相手方病院の代理人である弁護士から、平成22617日付の書面で、申立人に「病院にミスがあると主張されるのであれば、今後は訴訟の中で主張していただく以外、現時点での解決方法はないと考えています」との連絡があり、申立人と相手方においてコミュニケーションはとられなくなってしまった。

3)検討

ア.申立人が診断、治療についての疑問点を相手方に対して問い合わせたとき、相手方は、申立人の疑問に対し、術前、術後の説明が不適切、不充分なものであった事実を認め、そのような事態がなぜ生じたのかを調査検討することにより、医療の質の向上、説明不足の解消を図ることができた筈である。

イ.ところが、相手方は、申立人の疑問に十分に答えず、申立人が、相手方から示談案の提案を促され、これに応じて損害賠償請求を行ったところ、代理人弁護士が介入し、訴訟以外解決方法はない、とされ、院長らと前向きな話合いの場をもてなかったという経緯が認められる。

ウ.この経緯からは、申立人の苦情の申立てに対する相手方の対応は、患者の苦情申立権を侵害したものと評価できる。

以 上

平成23319

患者の権利オンブズマン東京・オンブズマン会議

谷  直樹  弁護士

飯塚 和之  茨城大学教授・医事法

大山 正夫  医療政策研究者

川嶋 みどり 日本赤十字看護大学教授

武田 文和  埼玉医科大学客員教授

堤   寛  藤田保健衛生大学教授・病理学

中村 道子  ソレイユ会長

高梨 滋雄  弁護士