患者の権利オンブズマン東京 第6回総会 記念講演(080223)

    調査・点検とは何か  最近の苦情調査事例から

              NPO法人 患者の権利オンブズマン 理事長  池永 満

【1】裁判外苦情手続きと調査・点検活動
   
…苦情調査申立権に対応する苦情の原因究明と再発防止策を模索する作業…

 患者の権利オンブズマンはそれぞれの地域で活動していますが、全国共通で行っている重要な事業は二つあり、一つは相談支援事業、二つ目は調査点検事業です。
 相談事業では、市民相談員、法律専門相談員が担当しますが、実は相談事業でも調査点検事業が背後にあるので、仮に患者家族と医療機関との話合いがうまくいかなかったときにも、第三者的な立場からこうあるべきではないかとレポートを出して患者の権利を促進する、こういう調査点検事業があるから安心してやれるわけです。この調査点検事業を担当するのはオンブズマン会議ですが、患者の権利オンブズマン運動を支える大きな柱の一つです。
 この調査点検活動には二つの形があり、一つはオンブズマン会議に対して苦情調査の申立てがされ、それを受けて調査点検を行う、これが代表的な活動ですが、実はもう一つあります。そもそも患者の権利オンブズマンの調査点検活動は、WHOが提案している裁判外の苦情処理手続きの一部で、第三者機関として患者の苦情調査申立権を保障しているものです。従って、その前段階として苦情が発生している医療機関自身が、利用者の苦情申立てを受けて、調査し再発防止策をつくっていく、つまり施設内の苦情調査委員会の活動が適切に実行されるということが大きな前提としてあるわけです。

 その調査を公正に実施するために、医療機関の中に設置された委員会に外部委員を依嘱することがありまして、患者の権利オンブズマンは、医療機関等からの要請があれば、外部委員を派遣するということをしています。それは主に法律専門相談員が担当しますが、昨年結成された医療事故防止・患者安全推進学会と協力して、医療福祉専門相談員も外部委員として参加する方向を考えています。
 当会では患者の権利法をつくる会が作成したリーフレットを相談に来られた方に無料で配布していますが、その38ページに「患者は自分の権利が侵害され、あるいは尊重されていないと感じるときは、いつでも当該医療機関に苦情を申立てることができる。必要な場合には、患者の権利委員会における調査を経たうえで、迅速な回答を得ることができる。」とあります。患者さんからの苦情に対して、きちっと調査するシステムが用意され、返事をもらえることが苦情調査申立権です。それに対応するのは、施設内の委員会及び施設外の第三者の委員会です。

 日本でも医療事故が起こった場合、調査委員会を立ちあげ、原因究明し再発防止策を出すことが共通の理解となってきていますが、どちらかというと責任追及になって原因はこの人のミスだったということであれば、そこで止まってしまうということになりかねません。今、医療事故調査委員会のあり方などで、事故を起こした原因を特定するとともに、その根本要因に迫って原因解明をし、それを除去しなければ結局同じような事故は防げない、ということは多くの場合理解があるのですけれど、現実には十分ではありません。具体的に患者の権利オンブズマンで経験したことを、少しお話したいと思います。

【2】インスリン凍結事故に関する調査活動が明らかにした構造的問題点
   (NPO法人勧告事例)


 患者の権利オンブズマン勧告集(注1)の183ページに掲載されているケース14ですが、病院の処方で院外薬局から投薬を受けたインスリン製剤に不具合があり、その後の製薬業者の検査で凍結と判明し、院外薬局と医師に不審を抱いた事案です。

 糖尿病にはT型とU型があり、この方はインスリンの絶対的欠乏で常時自己注射しなければ生きられないT型でした。インスリンを詰めた注射器は凍結させないよう冷蔵庫の卵置き場に保管するよう患者には常々指導されているものです。この患者さんは貰った注射が使えなかったので渡された院外薬局に持って行き、薬局から製造元に送って分析してもらったら、凍結していたことがわかったのです。それで患者に保管の仕方を気をつけて下さいという注意が知らされました。
 しかしこの患者さんはそんなことは重々承知しているので、次に注射を貰うときにチェックしたら少し泡が出ている、そこでそれを調べてくれと戻し、別にもう一つを処方箋を出した病院に持って行ったら、その医師は、それは薬局に戻せば良いという対応だったのですが、体調も悪かったのでとにかく調べてほしいと、あまり言われるので医師も預かりましょうとその病院の薬剤部に回したわけです。患者さんがその後行くと、薬剤部で分解したら、薬剤が漏れてしまったので廃棄したと。製薬会社に聞いたら、凍結が考えられるが現物がないので確認できず結局原因解明ができない。それで患者さんは怒って保健所にも申し入れたのですが、その頃に患者の権利オンブズマンに相談に来られたわけです。

 患者の権利オンブズマンのアドバイスで、保健所が薬局の冷蔵庫について温度管理を改善するよう指示した根拠などを知るために、情報開示請求をしました。そうすると2回目に返品した注射のレポートも製薬企業から出ていたわけです。それは患者さんには伝えられなかった。2回目の分は患者さんに渡す前に凍結していることがはっきりしていますから、一層不審が増して、当事者間の話し合いをしたけれど、なかなか話が進まないので、ということでオンブズマンに対し苦情調査の申し立てがなされました。

●調査の開始

 まず調査では、製造メーカーに照会したところ責任者が来て説明され、インスリンの凍結事故は頻繁に起こっている、患者側の管理の注意は大きく書かれているけれど、実は薬局や流通過程での凍結事故も起こっていることがわかりました。その凍結事故について引用している文献がありまして、薬剤師会等にも出してもらいましたが、山形の済生会病院の院内薬局で凍結事故があり、院内処方した注射液が使えないと患者さんが持ってきた、何回も続いたので、薬局に問題があるのではないかと、徹底的に管理をしていたが、また発生し、おかしいということで業者が配達したときに調べたら、実はそこで凍結したものがあった。
 流通過程で保管箱の中に蓄冷剤を置いてあり蓄冷剤と直接接触している薬剤は凍ってしまう、そういうことが報告されている。薬局は納入を受ける段階でチェックしないので、結局患者さんのところへ行ってしまうわけで、どこで凍結したかもわからない、これでは再発防止策にならないわけです。

 インスリンは冷凍するとインスリン製剤の構造が変わってしまう、本人は血糖値がものすごく高くなっている。他のものが原因かと医師は調べている。オンブズマン会議では、この点についての法律的な関係で、自己注射について医療機関、薬局はどういう責任を取るべきなのか、事故をどう防ぐべきか、この際明確にする必要があるということで検討を進めました。この勧告集の147ページにありますが、関係法令と判断基準を出したのは、そういう経過からです。
 インスリン自己注射は、医師の適切な指導及び管理のもとに実施されるということが医師法上の前提になっています。この患者さんの血糖値が大きく変動し始めたときに何かあったのかと聞いておけば、患者さんは注射液の異常のことをすぐ医師に報告できたわけですね。ところがこの医師は、薬のことは薬局の問題だという形の対応をとったわけです。
 もう一つは薬局の責任ですが、薬事法の関係で、薬局の管理者は、保健衛生上支障を生じる危険性がないように勤務する薬剤師、事務者を監督し、その薬局の構造、設備、医薬品その他の物品を管理しなくてはいけない。調剤した薬剤の適正な使用のために、適切な情報を提供しなくてはいけないのです。

●勧告書と申立人から感謝の手紙

 203ページから相手方病院に対する一連の勧告を出しております。相手方病院は、糖尿病治療に関わる医療スタッフと病院薬剤部の関係者において、凍結インスリン製剤の鑑別および除去方法を含め、インスリン自己注射治療を安全かつ適切に行うための教育と研修のプログラムを確立し、患者との情報共有を推進する方法等検討されたい、医薬品の不具合を含め、提供している医療サービスに関連して、苦情の訴えがあった時は、速やかに原因調査、インスリン自己注射においては、投薬した薬局や処方した医薬品製造メーカーに対する連絡照会を今後行って、患者の疑問に答えるとともに、その結果を医療活動にフィードバックできる施設内における苦情解決のシステムを整備されるように、と。オンブズマン会議の執行方法は、苦情の相手方の医療機関や薬局等に行って、その施設の責任者と医療担当者、事務局の責任者の方に集まっていただいて、私(理事長)が直接オンブズマン会議の調査報告書を読み上げ、質問等を受け付けて説明しています。

 申立人からの手紙が206ページに書いてありますが、「第三者機関として、私にも相手方にも偏らず調査してくださったことにどうしてもお礼を申し上げたいと思いました。まず、私の身に起こった複雑な事柄を、オンブズマンの皆様が、誠意をもって聞いて下さった」と。実はこの患者さんは病院からはクレーマーというような扱いを受けていたんです。もらった薬を交換したんだからそれでいいではないか、何で文句を言うのかと。次に「医療を受ける権利があることを教えてくださったこと。一生インスリンを必要とする患者のために、厚労省や製薬会社にも提言してくださったことを多いに感謝します」と書いてありました。

 オンブズマン会議ではこの問題を解決するためには苦情の相手方以外のところ、製薬会社、厚労省、保健所などの指導のあり方にも問題があると考えて、範囲を広げてやったんですけれども、そういうことについても、「自分のケースがきっかけで、他の患者さんにも役に立つ」ということが、申立人の方も肌で受け止めていただいて、こんな感謝の手紙をいただきました。
 もちろん苦情の発端は薬局自体、あるいは医師自体が問題を雑に扱って、病院の薬剤部が分解、廃棄してしまい、それらが苦情の直接の原因なんですけれども、しかしその苦情の原因や更にその起こした構造的な要因等にメスを入れていくと、大きな背景等が出てきます。その苦情を再発させないための方策について、私たちも大いに学ばされた事案でした。

【3】「患者虐待?!」のクレームを調査してわかった苦情発生の背景と教訓
    (苦情処理委員会調査事例)


 最近、安易にモンスター・ペイシェントとかいう言葉も使われていますが、そう見える患者さんの苦情もよく調べてみると、隠れた問題が浮かび出てきた事例を次に紹介します。

 患者の権利オンブズマンの協力医療機関から、入院している男性患者の姉さんがいつも病室に来て、看護師の処置などについていちいち文句を言う。対応している医療従事者がもうへとへとになり、この患者さんを担当したくないと言っている、何とか転院してもらいたいんだけれど、とにかく困っているんです、という相談がありました。
 その直後にその家族から、風呂場でホースで水をか  けられているいう苦情の申し立てが病院に出されました。その家族からは、担当者を替えてくれれば許してあげると言っているがどうしたらよいかという相談が病院から寄せられました。もしそれが本当なら重大な人権侵害なので、ただ担当者を替えれば済む問題ではないから、これは徹底的に調査しないとだめですということで、その病院の苦情調査委員会に外部委員も入れて調査したらいかがですかと提言して、外部委員に弁護士を入れて調査をすることになりました。
 外部委員の弁護士は、家族からも入浴介助した二人の看護師からも話を聞き、それぞれの立ち会いを受けて風呂場の様子など具体的な事実を検証していき、結論的には虐待はなかったというレポートを出しました。 実は大きな体格の患者さんで、気管切開していて、お風呂の中に入れると、もし暴れたらその中にお湯が入ると大変なことになるので、ストレッチャーの上に載せてシャワーで、気管切開のところにお湯がかからないように、シャワーで入浴介助していた。それを家族が、部屋の外からシャワーのホース部分だけ見て患者がホースで水をかけられたと誤解したのではないかと、そういうレポートだったのです。

 その報告を受けて苦情処理委員会で議論しました。そうしたらソーシャルワーカーがこの患者さんは気管切開をしているのでシャワー浴でも、もし患者さんが動いて、お湯が入ったらどうするんですか?、この人は、もともとリフト浴の対象ということで入院したんですよと。次に他の看護師が、この人はもともとリフト浴ができる病棟に入院していたのに、その病棟の改装工事があり、やむなくリフト浴の設備のない病室に移した。でも私が担当の時はちゃんと患者さんを二人で運んでリフト浴をさせていましたよと。

 ところで介助の様子を克明に聴取した弁護士のレポートにより、当日家族から苦情を受けた二人の看護師は、一人がシャワー浴をやり、もう一人は衣類の整理をしていたということも分かりました。もう一人の看護師が体を支えないまま、患者さんをストレッチャー上に寝かせてシャワー浴をしていた。よく事故が起こらなかった、これは大変なことだったということがわかってきたわけです。
 クレームをつけたこの家族の方は、とにかく弟の入浴介助にこだわる方で、ひっきりなしに入浴させてくれと、やむなく現場の看護師はストレッチャーでとにかくやろう、そうしないとまた文句を言われると。看護師はその患者さんをリフト浴以外でやった場合に、大きな事故が起こりうるということについて、ほとんど認識がなかった。そういうことがわかったわけです。

●改善の方策を検討

 それで、インシデントレポートをもう一回全部調べなおしました。そしたら、苦情が起こる一週間前に、入浴から帰ってきた患者さんの右足にあざができているというクレームが出されており、多分入浴介助中にストレッチャーの柵にぶつけたのでしょうと回答されていました。つまり転落の危険性が目の前にあったわけです。苦情調査委員会は「虐待」ということで調べて、それはなかったが、やってはいけない方法で現場判断でストレッチャーの上でやっていた。家族からの要求があったとしても、入浴介助としてきちっと患者に対応した方法をとること、あるいは留意・禁忌事項の連絡システム、そういうものがなぜなかったかということになります。
 実はリフト浴のある病棟は介護病棟で入浴システムはあったけれど、移ったのは医療病棟で、入浴介助の順番調整などに関する意思決定システムをきちっと作っていなかった。それで、病棟における療養方針のマニュアルを全部改めるということを決めて、それらを全部レポートに出して家族にも報告しました。

 実は、クレーマーだとみられる苦情でも、本当に真剣に分析すると、思わぬ問題が出てきまして、これは本当に調べてよかった。この数週間後に、別の病院でストレッチャー上でシャワー浴をされていた患者さんが転落して頭部を打ち、頭蓋内出血で死亡した。それを病死として届けていたことで、警察の摘発を受けたことが新聞に出ていました。今日報告した病院はたとえそんなことがあっても隠すような病院ではないんですが、似たような事故が起こりえた事案が未然に防げた。本当によかったということです。

【4】調査点検がもたらす患者の権利の促進と医療の質の向上
  …調査点検こそ苦情から学ぶ活動…


 つまりオンブズマン会議が調査点検する場合でも、施設内の委員会で調査する場合でも、第三者が入って調査すると、苦情が誤解に基づくものであっても、そこでの医療サービスの質の向上、利用者の権利の促進に繋げることができる。それもインシデントレポートを全部調べなおしたら、そういうことが出てきたわけで、インシデントレポートの分析も表面の原因だけわかって、「はい終わり」とせずに、もっと深く「なぜ」と突っ込んで分析すれば苦情が発生する前に対応できたかもしれない、この病院でこれを機会としてインシデントレポートの検討方法の改善も話合っております。

 苦情の原因を発生させた医療従事者側の責任のみで終わらせてはだめで、もっと「何でそんなことになったのか」ということを深く解明すれば、きちんとした形で再発防止策を作り上げていくことができるし、苦情を提起した患者さんも、たとえその主張が誤解によるものとしてそのまま認められなくても、それなりに満足していただけるし、質の向上にもつながると思います。
 オンブズマンや外部委員自身も、こうした視点で活動すれば、そのつど苦情から学べるなあということを実感しています。こうした活動を全国各地でやっていけるようにしたらいいのではないかと思います。

(注1・「患者の権利勧告集」明石書店、2007年8月発行)